vol.2 「都市と地域をつなぐ」~まちづくりから始まる東京ロハス~ソーシャルデザイナー 浅 雄一さん

浅 雄一

ソーシャルデザイナー

1977年生まれ、茨城県出身。全国様々な地域で、まちづくりや地域活性化の企画、廃校・空き家・遊休施設・耕作放棄地の再生利活用、ストリート・商店街の活性化、保育園やレストランのブランディング、関東ツーリズム大学の設立など、多くの企画・開発・活動に関わる。

現在、これらの活動を通じて都市と地域をつなぐソーシャルデザイン事業を展開。2005年に、まちと空間のブランディング会社「株式会社ナノ・アソシエイツ」を設立、代表取締役に就任。


株式会社ナノ・アソシエイツ 代表取締役

NPO法人遊楽(ユウガク) 発起人兼副理事長

NPO法人創造の森 発起人兼理事

関東ツーリズム大学 ディレクター

NPO法人えがおつなげて 理事

など、地域づくりを通じた活動で活躍している。

茨城県で生まれ育ち、現在は東京南青山に事務所を構える浅 雄一さん。
まちづくりや地域づくりの企画、デザインをメインに行う「ソーシャルデザイナー」として、日本中を駆け巡っていらっしゃいます。そんな浅さんが参画されている様々な活動について、また、都心での活動が地域づくりとは切り離せないものと考える彼が企画する新しいプロジェクトについてお伺いしました。

クリエイティブの可能性

ソーシャルデザイナーとして活動されている浅さん。正直、まだ聞きなれない「ソーシャルデザイナー」というお仕事とは、どんなものなのでしょう。

「以前は視覚的なものを中心にデザインしてきましたが、デザインという言葉をもっと広く考え、社会をデザインすることや環境をデザインするということに興味が移ってきました。かなり幅広い活動をさせていただいているのですが、それらを総称してソーシャルデザインと呼んでいます。色々なまちづくりのお手伝いをしていく中で、地域活性の真髄として一番忘れてはいけないことは、そのまちに住んでいる人が、自分たちで運用してゆくことだと考えています。

地域で実施されている政策の多くは、中央省庁において専門家たちがつくっています。その理論・政策自体はとても良いものに仕上がるのですが、そこに住む「市民」の意思や意向、「人」というものがどこにも入っていない。結果、市民に浸透させるための通訳のような役割が機能していないんです。それは、とてももったいないことです。
クリエイティブの可能性は、そのコミュニケーションの役割を担うことだと考えています。言葉だけでは伝えることが難しいことを、キレイだとか美しい、楽しいといった、人の感覚が惹きつけられるようなものに置き換えて、すっと理解できるようにしてあげることが大切だと思うんです。」

里美での出会い「遊楽(ゆうがく)」

いつかは地元のまちづくりをお手伝いしたいという想いを持つ浅さんが出逢ったのが、茨城県常陸太田市里美地区。この里美地区はまさに過疎化してしまった農村で、いわゆる限界集落という状況だったのだとか。その里美で空家を借りて、都市住民の別荘として活動されていた白石さんとともに設立したのが、NPO法人「遊楽(ゆうがく)」。築150年の「荒蒔邸」の古民家を改修し、貸別荘型の農家民宿を運営。また、同じく古民家の「沼田邸」は、体験型宿泊施設として、地域に残る自然との暮らしを、都市住民に体感してもらう取り組みを続けられています。
「田舎って、すごく楽しいところで、古い、汚いといったイメージではなく、なんでもあるし、人があたたかいということを伝えたくて立ち上げました。元々遊学という言葉には、『今自分がいる場所から離れて、旅をしながらいろんなことを学んでくる。』という意味があり、僕たちは遊学の「学」を「楽」しいという字に置き換えて「遊楽」と名付けました。
地域の人も、都市の人も一緒になって遊んで楽しむことで、その先に、成長や学ぶべきこと、そういうものが見えてきたらいいなと思います。そして、最終的に、地域活性につながってゆけばという想いを持っています。」


古民家での農村体験。笑顔が素敵ですね。

NPO法人となって活動を開始して約1年。代表の白石さんは「田舎暮らしの疑似体験を提供することが、本当のおもてなしと考えている。」と語ります。遊楽では、里美地区に普通にある農村の日常を体験することができるそうで、地元でとれたて食材をいろりやかまどで自炊をしていただくという最高の贅沢を求め、週末になると首都圏を中心に年間400人以上の宿泊客が訪れていて、このうち半数以上はリピーターで、田舎暮らしを満喫しているのだとか。

遊楽の取り組みは都市と地方の交流の一つの形を構築したことが評価され、2007年総務省の「地域づくり総務大臣表彰」を受賞しています。

那須塩原での活動「創造の森」


新鮮野菜の畑。これぞ宝。

都市と農村は、元々お互いに役割を分け、共存していた関係でしたが、いつしか相手の顔が見えなくなり、完全に切り離されてしまったと考える浅さん。都市と地域、人と人、農と食、それらの出会いの場所を活性化しようと、那須塩原市の黒磯地区でも活動されています。
「「創造の森」のコンセプトは、このフィールドが語っています。保育園の隣に無農薬有機栽培の畑があり、畑の隣に、その野菜を使ったレストラン、というフィールドです。


農園レストラン。

この3つが組み合わさった景観だけでも、多くの都市の人たちへメッセージが伝えられるんです。だから、このフィールドをより大きくして行って、ランドスケープでメッセージを伝えていきたいと考えています。先に紹介した里美のように昔ながらの生活を大事にするパターンとは異なり、現代人が現代の価値観で自然と共生するための一つのライフスタイルがここにあるのではないだろうかと考え、そのモデルになれるような場所を作りたいと思いました。」


目でも楽しめる野菜料理。

「那須はもともと、未開の地だったんです。明治時代にフロンティアが入ってきて、開拓して農業地にしました。そのために山の上のダムから水を引くための用水路がはりめぐらされています。この技術は世界一のレベルなんだそうです。
その水をつかった、水力発電や、自然エネルギーに最先端で取り組んでおり、エネルギー自給率は、日本平均4%に比べ、44%近くとかなり高い数値です。この場所だからこそ学べることが多くあります。ハード的な面も含めて、那須では、都市生活者の方々が忘れかけてしまった、大切なメッセージを、来るだけで楽しみながら学べる場所にしていきたいと考えています。」

東京ロハス