- 清水 國明
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1950年福井生まれ。73年、原田伸郎氏とのフォークソングデュオ「あのねのね」でデビューし、“赤とんぼの唄”が大ヒット。以来、テレビ・ラジオの司会やコメンテータ、著作、新聞・雑誌への執筆など幅広く活躍。芸能界きってのアウトドア派としても知られ、釣り・キャンプ・ログハウス作り、ロッド・ナイフ制作等々、自然体験イベントや環境講演会などの活動も多数。1995年よりアウトドアライフネットワーク“自然暮らしの会”代表。2003年山梨県河口 湖に移住、2005年ライフワークとしての“森と湖の楽園”をオープン。
NPO活動として、子どもキャンプなどを開催する傍ら、団塊世代を主ターゲットとした自然のチカラを人の暮らしに活かすビジネスを創出。自然とのふれあいを通じて、都市生活の中で眠ってしまった人間本来の機能を目覚めさせ、心と体の健康を取り戻す活動に尽力する。自らも“森と湖の楽園”敷地内のログハウスで生活し、“清水國明の楽園ブログ”~自然暮らしレポート~を発信している。56歳。
2003年に山梨県の河口湖に移住し、“自然暮らし”を続ける清水國明さん。NPOや自身の主宰するアウトドアネットワークを通じて、子供から大人まで老若男女を問わずにエネルギーを発信し続けていらっしゃいます。そんな清水さんが2005年にライフワークとしてオープンさせた“森と湖の楽園”へお伺いし、日々の暮らしについて、そして、これからの“生き方”についてお話いただきました。
「幼稚園の元校舎をそのまんま使わせてもらっているんだけど、部屋ごとにそれぞれ趣味の道具、チェーンソーだとか、家具を作る道具とか、釣り道具などを分けて解凍したの。今まで狭い地下室に閉じ込めていたものがばーんと広がって。それで、仕事から帰ってくると15分くらいナイフ作って、その後、釣り道具を作ったり、絵を描いたり、チェーンソー磨いたり。
浮気性なんで、15分やると、あっちやろうって。東京にいたときは、その都度、片付けないとダメだったからね。フライのこまかーいハネとか巻いてるときに、奥さんに掃除されたりすると、ぶわーって飛んでちゃったり(苦笑)。スペースを自由にのびのび使える。それが嬉しかったですね。」

- 子供のように無邪気な笑顔で語りはじめた清水さん。男性ならだれもが抱くであろう、自分だけの秘密基地を持つ夢。それを実現した今の暮らしが本当に楽しく、何よりも嬉しいといった様子でした。
「今は、ここから400メートルくらい登ったところに住んでいるんだけど、まわりに近所がないんですよ。ほんとに森の中だから。うち、お風呂場と、ベッドルームと、リビングと、3つの小屋(ログハウス)を建ててるんですけど、お風呂から上がった後、全裸でそのまま、他の小屋まで移動したり(笑)。
東京のときはカーテン開けてるだけでもちょっとドキドキするでしょ。子供がわーっとか泣いたり、女房とお金や不倫のことでけんかしたりなんかするとね(苦笑)。これはもう近所中、知っているんじゃないかっていう・・・。実際、知ってましたけどね(一同笑)。
そういう気遣いがなくて、誰にも見られていないというか、そういったいい意味での、他人との距離感も嬉しいですね。一方で、同じような考え方の人が集まってきて、ツリーハウスを作ってくれたり、畑をやってくれたりとか、普段は離れて生活している友達とか仲間が集まってきてくれます。」

「あと、悲しかったことはですね、家族に見捨てられたことですよね。あ、そう暗くならないで(笑)。『さあ自然暮らしするぞー』って言ったら、前の家族がみんな『いってらっしゃーい』って、『ついてこないのー?』って言ったら、『パパ一人でやってー』って言われて。『パパのは“不自然”暮らしだから』って言うから、『いや自然の中で水汲んだり、火を起こしたり、やっぱ自然暮らしじゃないか』って言ったら、『いや、そんなの不自然、いまどき不自然』って(苦笑)。『ママとはもう別れちゃうよ?』って言ったら『いいよ。じゃあ私たちも別れるから』って。元の奥さんも子供もばらばらです。
4年間、そういうばらばら状態が続いて、この冬ですけどね、子供が友達を連れていっぱい遊びに来てくれた。これが嬉しかったですね。不良になってるんかなーと思ってたら、一番上の子供は、某飲食チェーンの店長さんをしてるって言うんですよ。しかも、日本で何番目かの売り上げだって。2番目の子供も、シルバーアクセサリーのお店で店長さんだって。二人とも、23歳と21歳で、若いんですけど、まぁ、店長さんをやっていられるということは、周りのみなさんに支えてもらっているってことだから、よかったなぁ~って。うちの家族ってほんと乱れてましたからねぇ。

多分、一般常識もないし、外食ばっかりしてたし、ダメだろなぁ~と思っていたから。いやー、別れてみるもんやな~って。親はなくても子供たち、ちゃんと暮らしてて。別れた後すごい悲しかったけど、3年間4年間で子供がすごいリハビリして、ちゃんと金銭感覚もあったし、ほんとよかったです。その間に、私は3回目の結婚もしたし、もうとどまりませんね、これ(笑)。」
- 清水さんが手に入れたライフスタイル。それは完成されたテンプレートではなく、常に現在進行形の、一人の男としての“生き様”。どんなお話も最後には必ず笑顔になる。そんな不思議な力を感じさせられました。
- 自らの主宰する“森と湖の楽園”では自然体験イベント等、さまざまなアクティビティを提供。数年間の活動の中で、印象に残るエピソードをお伺いしてみると、参加した子供が骨折をしてしまったことがあったとのことで・・・。
「この時ばかりは、問題になるかなぁと思いましたよ。一週間たって、ギブスしたお子様が、おじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さんと家族揃っていらっしゃったんですよ。
『どーもすいませんでした。』って言ったら、向こうも『どうもすいませんでしたねー』とか言ってお互いが『ご迷惑かけました』ってことになって、『いやー、うちの子、やんちゃでわんぱくで申し訳なかったですー』って、『いやいやこちらも至りませんで』って言ってるときに、また片手で『ターザン~!』って。あ、そんなかよ~って(笑)。」

- 学校等でも、子供が怪我すれば、すぐに管理責任という言葉で問題になる時代。清水さんは「自己責任の上での自由は侵害されるべきではない」という自論をお話してくれました。
「ここでは、自己責任だから、何かあっても、人のせいにしないってこと。自分で自由に遊んでよい。もちろん、人も自由。だから当然、人の自由を侵すようなことは認められない。っていう、三つの約束があります。
あるお母さんが、帰り際に涙ぐみながら、『うちの子のこんな笑顔を見たことがない』っておっしゃられました。日頃の生活の中で、やっぱりそんな笑顔とか、そういうリアクションがなかったんでしょうね、多分。だからここでぎゃーっと走り回ったら、それを見ている母親としても嬉しいんでしょうね。『うちの子にもこんなところがあるんだ』と。これは、僕らとしてもよかったなぁと思いました。

あと、今のスタッフの田中もそうだけど、『こんな清水國明にはついていけない』って辞めていったやつが戻ってきたりとかね。それも、うちとしてはね、『そやろー!やっぱりここがええやろー!』ってね(笑)。嬉しいよね。まぁ外に働き場がなかっただけなんですけどね。色々ありますよ、やっぱり。毎日ドラマや、ここはね、ほんとに。」
- 子供も大人も、なぜか惹きつけられて来る。そんなこの場所の魅力。人は何を求めて集まってくるのだろうか。そんな疑問を清水さんにぶつけてみました。
「んー、それがわかればちゃんとターゲットを絞れるんだけどねー(笑)。ただやっぱり、非日常的なことね、それで俺、このごろちょっと自然ってひとことで自然じゃないんじゃないかなって。今、みんなが気持ちの中で、農的な暮らしを意識しているんじゃないかなって。アウトドアって、この前も取材で、アウトドアとか、アウトドアグッズとかの取材があったんだけど、アウトドアのイメージじゃないんですよ。作物とか、収穫とか狩猟とかそういった、それが自然暮らしだと思う。
俺自身、アウトドアの達人って言われてる時期があったんだけど、なぜそういう風に言われたかっていうと、自分で言ってたんですよ。『私、アウトドアの達人です。』って(笑)。そうしたら、まわりもそう呼ぶようになったんです。今みんなが求めているのは“アウトドア”とか“自然”とかではなくて、農的な暮らし、“自然暮らし”だろうと思って。で、俺らがやっているのはアウトドアの人から見れば、アウトドアじゃないんですよ。
チェーンソーで家つくるわ、カヌー作るわ、子供つくるわ(笑)。そんなことしてるでしょ。そういうことするとね、アウトドアの仲間からすると、『あいつ、別に高い山登ったわけでもないし、アウトドアの外国の話するでもないし、ものづくりの人でしょ?』って話なんですよ。ナイフ作ったり、家作ったり。そういうのしてるから。俺はそのDIY(Do It Yourself)のキャラクターでもあるんだけど、そういうのも含めて確かにものづくりなんだけど、何のためのものづくりかって言うと、生きてく上での自然な暮らしのために、ものづくりをやってる人間だから。」











