- 井手 敏和
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ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和
1958年1月1日生まれ、山羊座。
20代にプロミュージシャンとしてデビュー。シンセや多重録音を通してコンピューターに出会う。1987年に渡米、シリコンバレーで音楽制作ソフトを開発、世界的大ヒットとなる。2000年に日本に帰国、音楽・映像制作会社の代表として、“喜多郎”などの癒し系アーティストや、自然映像と音楽のヒーリングTVチャンネルなどを手がける。
2003年10月には、日中国交正常化30周年記念で開催された喜多郎の北京公演を「カーボン・ニュートラル」化 (二酸化炭素排出量をオフセットし植林)、中国初の事例となる。
2004年、音楽・プロデュース活動を再開。2005年5 月、アコースティック・ユニット「To Be Acoustic (TBA)」のファーストアルバム「Simply Natural~Music for LOHAS~」などをリリース。「ユダヤ人大富豪の教え」の著者、本田健氏の講演会での音楽・映像イベントもプロデュースする。
アメリカ滞在中からヨガ、マクロビオティック、オーガニックなどLOHASな生活を実践。2003年から米国のLOHASコンファレンスにも参加。 2005 年7月に、「いきいきロハスライフ!~LOHAS ココロとカラダと地球にやさしい生き方」(ゴマブックス)を出版、セミナーや講演会、プロデュース、企業コンサルティングなどを通して、LOHAS的なシンプル&ナチュラルライフを広める活動を行う。
2006年7月に、ロハスの実践ガイドブック「いきいきロハスライフ!のすごし方~Simply Natural Living Guide~」(ゴマブックス)を出版するとともに、シリコンバレーや日本での起業経験を活かし、ロハス分野での事業開発・育成にも力を注ぐ。
2007年7月に、ロハスビジネスのプラットフォームとして、ロハス・ビジネス・アライアンス(LBA)を、大和田順子氏と共に発足、共同代表に就任。
ジーコンシャスを2007年11月に創業
カーボンオフセット協会 会長に就任
カーボン・オフセット・プロバイダとして、排出権取引を行い、個人や企業の二酸化炭素排出をオフセットするためのトータルソリューションを提供されているジーコンシャスさん。真っ白な漆喰の壁と、木材の自然な調和が印象的なリノベーションオフィスにて、代表の井手様にお話を伺いしました。

自然な笑顔が印象的な井手さん。起業家というよりアーティストといった雰囲気が漂います。
カリフォルニアに住んでいた時から、健康を意識した生活を送っていました。ロハスという言葉自体、まだありませんでしたし、よくカリフォルニアにいる、健康オタクみたいな人。という感じです(笑)
僕らの学生時代にポパイ(1976年創刊の男性向けファッション雑誌。それまでなかったような斬新な切り口で、10代後半から20代前半の若者に新しい世界観を提供。70年代後半のアメリカ西海岸のライフスタイルを初めて日本に紹介したと言われている)が創刊されたり、カリフォルニアの青い空、と言うか、カリフォルニアの健康的な生活は、その頃からフォーカスされていて、ペリエを飲んでジムに行く。といったスタイルが、当時からカッコイイなと思っていたし、かなり影響を受けました。
ロハスという言葉との出逢いは、2002年に、アメリカのロハスフォーラムに出席したときになります。
当時、ロハスフォーラムへ参加した日本人は3人だけでした。
僕と一緒に行ったパートナーが勤める、喜多郎さん(シンセサイザー奏者・作曲家。自然環境からのインスピレーションで産まれる独自作品は、世界でも高い評価を受けている。1994年、米映画『Heaven & Earth』でゴールデングローブ賞作曲賞受賞。2001年グラミー賞受賞。)のレコード会社が、スポンサーをしていたことも参加のきっかけでした。フォーラムで初めてロハスという言葉を聞いて、「なるほど、しっくりくるな。」と感じたのです。僕を含めて、周りにいる人たちが、ロハスにあてはまるかどうかを考えてみたら、「イエス」と答えそうな人ばかりでした。そこで、自分もロハス層の一人なんだなと認識するようになりました。ですからロハスという言葉自体は、自分にとっては後付けだったんです。
ロハスという言葉を認識するようになった当時、健康に気を使うだけでなく、投資信託を選ぶ時に、たばこメーカーが含まれているファンドには出さない。環境に配慮している企業に投資をするファンドを選ぶ。といった会話が周りでも普通に行われていたんです。その時に「なるほど。こういうのも含めてロハスなんだな。」と考えるようになりました。
2002年、14年ぶりに本格的に拠点を日本に戻したとき、僕の同年齢の人達に話をしてみても、全然(僕の考える)普通じゃないと言うか、優先順位がやっぱり仕事中心だったり、健康に気をつけていると言っても、ハブが入ったお酒を飲んでいる。とか、ウコンを飲んでいる。と言った対症療法的なアプローチの人が多かったんです。僕みたいな生活をしている同年代の人は少ないな。と感じました。
例えば、2000年頃までの日本では、ヨガをやっていると言うと、2、3歩ひかれてしまうこともありました。
ロハスとヨガブームは、ほぼ同じ時期に広がってきたかなと感じています。「ヨガって、カッコイイ」という風潮が出てきたのは2003年過ぎあたりからですね。その頃から時代がロハスっぽいものを受け入れるようになり、僕の周りにも、共感できる人が増えてきたように感じます。
そんな流れの中で、ソトコトがロハス特集を組みはじめ、一気に広まりましたね。
当時、僕も本を出す準備をしていたんです。メンタルヘルスのことや早起きのことも含めて、こういうライフスタイルはいかがですか。という内容の書籍だったんですが、たまたま、日経MJの「ヒット商品番付」で、「ロハス」が上半期の西の大関にランクインしたのを聞いて、ちょうど書いていた内容は、まさに「ロハス」なものだったので、第一章にロハスとは何ぞや。という内容を付け加えて、2005年8月に出版されました。結果的には、単行本として初めてのロハスを紹介する本になりましたが、ロハスが来るから本を出そうと考えたのではなく、自然な流れの中で、出そうと思っていた本の内容が、ロハスであったと言う感じです。その当時から何となく今現在に至るまで、ジーコンシャスを起業したときも同じですが、いつも役割をもらったような感覚があります。自分でこうしたいと言うよりも、何となく色んなことが重なって、色んなことが繋がる。それもロハス的なのかな?と思っています。(笑)
本を出した当時は、それ以前にやっていた会社の取締役からも降りて、子育てモードでしたので、音楽やったり、アルバムを出したり、原稿を書いたりと、スローダウンしていましたが、今現在は、ジーコンシャスを立ち上げて、いわゆるスタートアップ企業をしているので、毎日特別なことをしている訳ではありません。満員電車に揺られて会社に来て、夜のお付き合いもあったり、だいぶ変わってきてはいますが、できるだけ生活にメリハリをつけたいと思っています。子供が小さいこともあるので、土日はできるだけ仕事はせず、子供と過ごす時間を取るようにしていますし、 
エアコンの温度は控えめに設定して、扇風機で風を動かし、快適空間を演出。漆喰の壁の効果なのか、部屋の隅々までとても爽やかでした。 朝は今も5時に起きています。起きてからは、まず瞑想に近い落ち着いたヨガを20~30分位行います。早朝は子供たちがまだ寝ていますから、2~3時間は僕のゴールデンタイムです。その間に、本を読むとか、自分にとっての知的な部分を充足させるようにしています。新聞やメール等は、頭が仕事モードになってしまいますから見ないようにしています。7時からやっているジムに行って汗を流すこともあります。朝食はバナナとコーヒーで済ませます。運動した後は、もう1本バナナを食べたりしています。結構お猿さんみたいにバナナをよく食べてます。(笑)
夜は子供と一緒に10時位に寝ます。週に2回、3回と、夜の予定が入ると少し辛くなりますけど。(苦笑)




